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乳がんと闘う
今回の訪問はCOSMOSさんだったので、乳がんの会員さんが3名来てくださいました。
彼女たちは、毎朝(雨でも風でも)玄武湖の公園で気功を行っていて、この日も気功が終わってから自転車で事務所に駆けつけてくださいました。
「玄武湖の公園にはイチョウや松の木がたくさんある。イチョウや松には良い気があるのでそれを吸収しに行くのです。」といっておられました。
今回お話を聞かせていただいた女性は、40歳代の元気いっぱいの美人です。
しかしその闘病記は壮絶で、西洋医学治療をフルコースで行い強烈な副作用との闘いを涙を流しながら語ってくださいました。 |

癌との闘いを語るVTR |
2年半前に乳がん全摘出

母が乳がんで亡くなったため私は以前から気をつけていたのですが出産後胸にしこりを発見して、それがどんどん硬くなってきたので鼓楼病院という病院に行って検査をしてもらったら癌と診断されました。
手術をすすめられましたが、納得が行かず江蘇省腫瘍病院を受診しました。
運良く有名な周先生が担当でしたので全てをお任せすることにしました。
そして検査の結果は、前と同じで結局手術することにしました。
江蘇省腫瘍病院は西洋医学主体で治療を行う病院です。
そして入院患者も西洋医学治療を望む人が多く、癌に対しては悲観的な考えの人が多い病院です。
中国でも「癌=死」という考え方が強くありまして、私が手術を終えた頃に同室の乳がんの女性が手術後のリンパ液を逃がすドレンホースを自分で引き抜いて自殺しました。
将来に絶望を感じての自殺で私とほぼ同じ病状、同じ年代の人の自殺を目の当たりにしてしまった時は言葉に言い表せないほど辛かったです。
私は手術後すぐに抗がん剤治療が始まり、髪の毛は全て抜け落ちました。
今では生えそろいましたが、ストレートだった髪が天然パーマになってしまいました。
抗がん剤治療を行った時期はちょうどSARS騒動と重なっていたので病院が半隔離状態になってしまっていて家族の面会もほぼ遮断されていましたので、子供の顔が見れなかったことがとても辛くてたまりませんでした。
江蘇省腫瘍病院は、きつい抗がん剤をどんどん使う病院で、私も強烈な副作用と闘う日々が続いていました。
その時の私の心の支えは子供との電話でした「お母さん大丈夫だよ。」という娘の言葉を支えに毎日頑張りました。
その頃の私は吐き気がひどく全く食事が取れない状態で立ち上がることもできないほど衰弱していました。しかし隣のベッドの人は私と同じ薬を使っていて、私よりも年が上なのに副作用も少なそうで、食事も摂れていることに気づきました。
「なぜか?」と尋ねてみると、「漢方薬を飲んでいる」ということで、早速自分も同じ薬を飲み始めました。
すると、吐き気がかなり軽減でき、食事が摂れる様になったので「これはいける。」と自信のようなものが生まれました。
中国でも西洋医学のお医者さんはあまり漢方薬を使いたがりませんでしたので、それまでは漢方薬を飲んだことがなかったのですが、自分自身でその効果を実感しましたのでその後は、退院してからも毎日欠かさず漢方薬は飲んでいます。
私は、手術、抗がん剤、放射線、ホルモン療法とフルコースの治療を行いましたので治療も長期間にわたり本当に辛かったです。
放射線療法をする際に一緒だった女性からこの南京癌友康復協会を教えてもらって入会しました。
今の私があるのは、漢方薬と気功だと思っています。
南京癌友康復協会に入会し先輩患者さんたちにいろいろと教わり希望を持つことができたこと、漢方薬を飲んだこと、気功を行ったことで私は救われました。
気功の先生から言われた「真剣に気功をすれば半年後には全く違うあなたになっています。」という言葉を信じて雨でも欠かさず気功を続けました。その結果半年前の私と今の私は本当に別人です。
西洋医学では、中国は日本より劣っていると思います。しかし漢方薬、気功に関しては中国には永い歴史と経験と環境があります。
これら中国医学は、がん治療に欠かすことができないものだと身をもって体験しました。
経済的には、癌を恐れて多数の保険に加入していたため、癌と診断されて多額のお金を受け取ることができたので、充分な治療をすることができたことは良かったと思っています。
娘を嫁に出すまでは、死ねませんよ。
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