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2009年2月中国医学体験旅行後2年8ヶ月経過リポート
TOYOKOさん:74歳 大阪府在住
悪性黒色腫 (メラノーマ)
手術から3年が経過(余命3ヶ月を完全克服)
■2009年2月中国医学体験旅行記
■6ヶ月経過リポート
2011年10月9日、ご自宅を訪ね今までの経過及び現在の体調など体験談をうかがいました。
メラノーマ発見から〜
まずご主人の癌発見から始まりました。
2008年1月:ご主人大腸がん癌の手術(肝臓転移)
2008年9月:喉の痛みから受診 喉チンコの奥の細胞を検査したところメラノーマと宣告される。
この時点で家族には「お父さんよりもお母さんのほうが早いと思うので覚悟してください。お母さんは2〜3ヶ月持ちませんよ。」と言われる。
(本人談)急に娘さんが優しくなった。と感じた。
2008年10月:摘出手術
<病院からの説明>
転移が早いのですぐにどこかに再発する。抗がん剤は効かないし、抗がん剤をしても効果は望めない。
主治医がすごく横柄な人でイヤなタイプの人、投げやりな言い方に不快感を覚える。
<この時ご主人は抗がん剤治療中 キツイ副作用と闘う>
抗癌剤の副作用が消えてきて食事が食べれるようになった頃には次の抗がん剤が始まる。(繰り返し)
(ご本人は余命3ヶ月程度だと知っていたが家族には言わなかった。)
2009年1月8日:ご主人他界
翌日(ご主人のお通夜の日)予約してあったので病院に定期検査の結果を聞きに行く
担当医師よりリンパ節が少し大きくなっているので抗がん剤治療を行うと言われる。
ご主人のお通夜の日に病院から・・・抗がん剤治療〜入院だと言われショックと言うより頭の中が真っ白に・・・後日返事すると言って帰宅する
帰宅後家族に相談、後日娘さん同伴で病院へ行く
抗がん剤は効かないと言っときながら抗がん剤治療をするとはどういうことなのか?先生のご家族が同じ状況でも抗がん剤治療を行いますか?
と質問したところ横柄な態度で「○○さん言うとくで!わしはあんたらの家族にはなれれへんからな。」という言葉に怒りが爆発「いつ家族になってくれなんて言いました!」から始まり今まで溜まっていたものを全て出しきって、その医師は沈没、抗がん剤治療を断り病院と絶縁する。
ご主人は抗がん剤治療を行ったが全く改善の兆しも無いままに、きつい副作用の苦しみだけがあったのを目の当たりにしていたので抗がん剤を拒否するのにはあまり悩むことはなかった。
中国医学体験旅行〜
娘さんからの勧めがあり西洋医学がダメなら中国医学という事で、中国医学体験旅行を申し込む。
中国に行くまでは・・・
中国に対して全く良いイメージはなかった。半分イヤイヤだが、娘さんに引っ張られて・・・
■詳しくはこちら
実際に中国に行って馬永華先生と会い、南京癌友康復協会の人たちの体験談を聞き、いろんな勉強ができたことで中国医学を軸に癌と闘う決断ができた。
毎月馬永華先生による漢方処方薬を飲み続ける。
それ以外・・・気功、食事療法、以前から通っていた水泳など自分の体を元気にすることを積極的に行う
■6ヶ月が経過〜益々元気に
再発〜重粒子線治療
2010年3月:家の近くの耳鼻科に行った時に、手術の跡に腫瘍らしいものを発見
再発か?
しかし医師は・・・「メラノーマだったら今まで生きているのはおかしい」と再度細胞診を提案。
ケンカ別れした病院に事情を話し再度受診する。 〜耳鼻科の先生が紹介状の中に担当医師を変えてくれるように要請。
(最初の手術の執刀医と院内で出会った・・・まるで幽霊を見るような目で本当に驚いていた。)
細胞診の結果:やはりメラノーマ再発(3度の細胞診・・・結果は全てメラノーマ)
細胞診の結果は間違いなくメラノーマだった・・・なぜ今もなおこうして元気に生活できているのか?と不思議がられる。
再手術は顔の形が変わってしまいリスクが大きすぎるのでしないほうが良い。抗がん剤は可能性が低い。(自分も、家族も拒否)
医師より重粒子線治療を提案される
費用は高い(300万円)・・・ご家族から背中を押され決断
2010年5月〜7月重粒子線治療
大人気の治療法で今では2年待ち 私はメラノーマだったので特別に順番を飛ばして早くしてくれた。それでも1ヶ月待った。
49日間入院でのべ26回照射、腫瘍は完全に消失したし、全く何も感じないすごく楽な治療だったと喜んだ。
治療はいたって楽 入院するまでに口の中の金属(銀歯、金歯など)は全て外してくるようにという指示(重粒子線を照射すると溶けるらしい)
この説明を聞いた時に重粒子線のパワーに恐怖を感じたが・・・
照射前10分程度準備があって照射スタート1分もかからない間に「ハイ終わりました。」
痛くも痒くも何も感じない・・・
治療終了後・・頬にあったシミがキレイに消えて喜んだ。
後遺症
しかし、治療後3ヶ月を過ぎた頃から少しずつ副作用のような症状がではじめました。
治療後に起こった主な副作用
耳だれ、唾液が出にくい、口の中が乾く、喉が痛い、耳の奥が腫れて聞こえにくい
病院からだんだん口が開かなくなると言われたが治療直後は全く普通で「そんなバカな・・。」と思っていたが半年くらいまえ前から徐々にその症状が現れた。
頭の地肌が痛い。ブラシが通せないくらい痛い。
最近頬が赤くなってかゆみがある。
副作用がいつまでも長引く理由
重粒子線の先生…手術の傷跡に重粒子線を照射したので治りが遅いと解説
主治医…喉の奥は治りが悪いと解説
重粒子線治療から1年3ヶ月
先日のMRI検査で現時点ではがん細胞再発転移は無い。
まだまだ、重粒子線治療の後遺症と闘っているが、楽しく、元気に暮らしている。
水泳教室、気功の勉強など積極的に通う。
完全復活とは言えないが、手術を終えた時点で余命3ヶ月と言われたのに3年以上経過してこうして元気に過ごすことができていることに感謝している。
横柄な医師に感謝
今となってはあの横柄な態度のお医者さんに感謝しています。
もし、あの先生が優しい先生だったら、抗がん剤治療に突き進み今頃はこのように元気で生活していないと言うか・・・
私はこの世にいないと思います。
あの先生のお陰できっぱり抗がん剤を拒否することができて、中国医学体験旅行に行く決断が出来ました。
と語るTOYOKOさんの笑顔
1日も早く、放射線の障害がなくなって、メラノーマ完全克服して欲しいと思います。
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