2008年1月
父に直腸がんが見つかる。
精密検査の結果、肝臓にもすでに転移をしており、直腸がんは手術で除去したが、肝臓がんは全体に散らばっているので手術は不可能。抗がん剤で治すと医者に言われる。
退院後、2〜3週間に一度、通院による抗がん剤投与が始まる。
副作用として、手足の痺れ、吐き気、ムカつきがあり、一年間で20キロ以上痩せた。
2008年9月
今度は母親が
昼食に食べていた鮭の骨がのどに刺さったような違和感があると、耳鼻科を受診したところ、口蓋垂(ノドチンコ)の奥に、イチゴ大の腫瘍が見つかる。
精密検査の結果、癌、しかも悪性黒色腫(メラノーマ)と診断される。
メラノーマは転移が早いため、すぐに全身の検査をするが、そのときは他に異常は認められず。10月16日、その腫瘍部分のみを切除。そのときの医者の見解は、「おそらく転移している状態(胞子を撒き散らしたような状態)なので、再発・転移が見つかったときには手の施しようがない。
放射線治療も効かず、抗がん剤もかなり強力なものを使ったとしても、助かる見込みは数パーセント。・・・覚悟しておいてください。」ということだった。
とりあえず、母の生命力と奇跡を信じ、様子を見るということで、その時点での抗がん剤治療は断る。父の様子を見ても、抗がん剤治療が有効であるとはとても思えなかったからだ。
その後の回復は順調。会話と食事に多少の不自由はあるものの、通常の生活に戻る。
2008年12月
父入院
いつものように、父は抗がん剤を投与しに病院へ行ったのだが、父の衰弱があまりにも激しいので、急遽入院となった。
このときは、まだ誰も、二度と家に帰れなくなるとは思っていなかった。入院して一週間くらい経ったとき、父の肝臓が腫れ、腹水がかなり溜まり、肝臓の痛みが辛いとのこと。
それでも医者は何も言わない(よくドラマとかである「あともっても○○ヶ月です」というような)ので、これは肝臓がんの末期なのかと思い、ネットで「肝臓がん末期症状」と検索した結果、「博生癌寧」という漢方薬の紹介ページを見つけた。これがナチュラルプラスさんを知ることになる。
中国人の友人に、この「博生癌寧」が間違いないものかどうか、ナチュラルプラスさんには失礼ながら中国のネットで調べてもらう。・・・ちゃんとした漢方薬ということだったので、早速12月15日朝、電話で注文し、実家の方へ送ってもらった。
とても迅速に対応していただいたのに驚いた。 その後も、「博生癌寧」の使用方法についてや不明な点などはありませんか?とメールをいただく。
早速、肝臓の上、おへその下の2箇所、背中はツボに2箇所、合計4箇所に博生癌寧を貼った。
不思議なことに、翌日には痛みが消え、とても楽になったと父が喜んでいた。・・・これはかなり効果が期待出来そうだ。
しかし、時すでに遅し。残念ながらその半月後、永眠した。もっと早く、ナチュラルプラスさんに出会っていれば・・・という気持ちで一杯だ。
2009年1月
最愛の父を亡くし、母まで癌患者・・・
姉も私も母の再発・転移だけはありませんようにと願っていたのだが、父が亡くなった次の日、最悪の事態が待っていた。
母の退院後の受診で、「首のリンパに腫れが見られる。おそらく新しく癌が出来たものであろう。」という見解だった。
ショックのあまり、母本人は葬儀どころではなく、立っているのがやっとの状態だった。
とにかく、私たちがしっかりしなければ・・・という一心で葬儀を済ませ、父の死を悲しむ間もなく、今度は母の今後の治療法について家族で話し合った。
すぐにでも抗がん剤投与を始めようという医者の意見だったが、数パーセントしか効かないのなら、抗がん剤治療を受けたその日から、母の自由は奪われてしまう。それなら普通に生活できるほうが良いのではないか?と思い、とりあえず、抗がん剤投与はやめようという結論に達した。
そんな時、父の為に買った、博生癌寧を、母に貼っても効果があるのかどうかを、ナチュラルプラスの藤岡さんに相談。いつも親身に話を聞いてくださり、不安を取り除いてくださる方だ。
そのときに、前向きになれるように、中国への体験旅行を勧められる。ちょうど、中国人の友人にも、「中国へお母さんを連れて行くべきですよ!」と言われていたので、これはきっと、父が導いてくれているものだと思い、早速、藤岡さんに話を聞くことになった。
患者さんを動かすわけにはいかないと、わざわざ自宅まで来てくださって、中国体験旅行や中国医学の考え方など、詳しくお話を聞かせてくれた。私たちとすれば、すぐにでも連れて行きたい気持ちだったが、残念ながら、その日が1月13日だったので、中国の旧正月前ということで、出発は早くても2月13日からということになった。一緒に同行する家族を1人増やしてもらい、母には姉と私が同行することになった。
このとき、誰もが、あとちょうど一ヶ月先まで、母がもつかどうか不安でいっぱいだった。
その一ヶ月間、何もしないのも不安なので、藤岡さんに漢方薬の処方をお願いすることにした。舌の写真をデジタルカメラで撮り、詳しい問診表に記入し、藤岡さんのところへ送ってから、一週間も経たないうちに、中国から漢方薬が届いた。
朝夕2回、食事前の空腹時に服用とあった。味はそんなに飲みにくさを感じず、すんなり飲めたそうだ。
飲み始めて3日くらい経ったとき、手足が暖かくなるのを感じ、夜、なかなか寝つけなかったり、夜中に何度も目が覚めたりしていたのが、ぐっすり眠れるようになった。食欲も少しずつ増していった。電話をしても、母の声が元気になっていく様子が伺えられる。・・・嬉しい。
その後、再び病院での受診の日がやってきた。
なんとこの日の医者の見解が、違っていたのだ! 父の死の次の日、あれだけ母や私たち家族を精神的に苦しめた検査結果を言ったのにもかかわらず、今度は母のリンパの腫れについては「不明」だと言う。「その腫れは、疲れやストレスから来たものかも知れないので引くかも知れないし、癌かもしれないし・・・」というような曖昧な素人の意見のようだった。
もう、これを聞いた時点で、私たちの意志は固まった。西洋医学はこれ以上信じまい、中国医療を信じよう・・・と。それからの母の決断は早かった。以来、病院へは行っていない。
一ヶ月前、藤岡さんの話を聞いたときには、中国行きをキャンセルしなくてはいけなくなるかもしれないことを覚悟の上、体験旅行の準備を進めていたのだが、その間の母は、不安を消すように、10年以上続けている水泳にも週3回通い、気功も知り合いの勧めで始め、前向きに過ごしていた。
その結果、あっという間に一ヶ月が過ぎ、無事、中国体験旅行の日を迎えた。
3人とも中国旅行は初めてということで、藤岡さんを始め、南京のスタッフ皆さんで最高の中国体験旅行を計画してくださった。
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2月13日(1日目)
AM10:20関空で待ち合わせ、南京へ。およそ2時間で到着。空港に到着すると、兎澤さんと小仲が出迎えに来てくれていた。
初めてお会いしたとは思えないほど、暖かく迎えてくださった。
午後3時過ぎ、南京のホテルに到着。
5つ星ホテルだけあって、とても優雅で美しいホテルだった。
それからすぐに、芸術写真を撮りに行った。最初は恥ずかしいのもあって、乗り気ではなかったのだが、手際の良いスタッフに、メイク、ヘアーをしてもらい、みるみるうちに中国美人(?)の出来上がり!! 写真スタジオに入り、色々なポーズを取って写してもらっているうちに、だんだん緊張もほぐれ、なんだかその気になってきた。
でも、出来上がりが恐ろしい。それから、着替えを済ませ、なんとメイクはそのままで食事へ。宝塚歌劇団のようなメイクのままだったので、周りの人たちはどう思ったのだろうか。
旅の恥は掻き捨てというが、正にその通り!!中国の女性はほとんど化粧をしていないが、とても綺麗だった。
夕食・・・食事内容詳細へ>>
「瀚典粤鴻和酒楼」という広東料理のお店で、初本場中国料理! 出てくるもの出てくるもの、めずらしく、野菜達がこんな料理に変身するんだ・・・と感激。優しい味で、空腹の胃に染み渡るような気がした。今まで日本で食べていた中華料理といえば、油こってり味もこってり・・・というイメージだが、なんと優しい味だろう。美味!!店長さんがご挨拶に来てくれた。とっても明るくて楽しい人だった。
夕食後、足ツボマッサージへ。
アロマオイルを入れたお湯にしばらく足をつけ、寝そべったまま足のマッサージが始まった。
オイルを時々直接つけて、マッサージをしてもらい、とても気持ちがいい。
中でも一番気に入ったのは、両膝にどんぶり一杯分くらいのおろし生姜をのせ、その上に熱いタオルを乗せ、熱く熱した小石のたくさん入った袋を乗せ、15分。少し熱くなってきたので、取り除いてもらったら、膝がポカポカ温かい!その後ホテルに帰り、ベッドに入って眠りにつくまでポカポカ暖かかった。
2日目
朝食はホテルで食べた。お粥、点心、パン、そしてたくさんの野菜中心のおかずが並んでいる。朝からもりもり野菜を食べた。
中でもセロリの炒め物やきくらげと長芋の炒め物がお気に入り。
朝食後、閲江楼を見学。眺めが良く、とても立派な建物だった。長江が一望でき、中国の歴史を感じる反面、近代的な建物が立ち並んでいるのが見え、不思議な気分だった。
昼食・・・食事内容詳細へ>>
「百粥坊」というお粥専門店に行った。
多くの種類のお粥、やはり野菜たっぷりの食事、健康そのもの!ピータン粥、かぼちゃと人参粥、きのこ粥 など、様々なお粥が楽しめた。
きゅうりとニンニクの浅漬け(?)も美味しかった。作り方は簡単だったので、日本へ帰ったら早速作ろう!
昼食後、しばらく南京市内を散策。海賊版DVDやCDのお店に行ってみた。日本で最近放送されたテレビドラマがある。DVDは一枚日本円にして約200円。CDは140円くらいかな。
今日はバレンタインデー。
日本と違って男性が女性にチョコレートや贈り物をするのだそうだ。
中でも目立ったのが、大きな花束を女性に贈るのが流行りらしく、誇らしげに大きな花束を持って歩く女性と彼氏。
その後、徳基広場という高級ブランドがたくさんある南京の最新ショッピングセンターに行った。
一階のホールでは、ピアノの生演奏をしていて、ブランド物のお店ばかりだった。
別のお店には、なんと500万円もするプラチナ製携帯電話も売っていた。ちょっとヴィトンのお店を覗いてみたが、日本より高かった。カルティエのお店にはカップルがたくさんいた。大卒の初任給が3万円というのに、こんな高級デパートで買い物が出来るセレブな人たち。
この人たちは一体どんな職業なのだろうか?口紅だって、一本3,800円と日本と同じ値段。これを10本買ったら、一ヶ月のお給料でも足りない?と思ったら、あまりの生活格差があるのに驚きっぱなしだった。
診察
その後、江蘇省中医院へ行き、いよいよ母の診察だ。
王瑞平先生と馬永華先生とお会いする。長い脈診の後、舌診、そして患者の状態を詳しく聞いてくださった。
診察は、脈を見る限り、母は年齢よりも若く、生きる力があるという。くよくよせず、明るく楽しく、運動をして食事療法をすれば大丈夫!ということだった。
中国まで来て、本当に良かったと思ったとたん、涙があふれて止まらなかった。
そして、その診察に基づき、漢方薬を処方してくださった。
スーパーの袋いっぱいの漢方薬に驚いた。それを一日かけて煎じ、液体の漢方薬を帰るまでにいただけるそうだ。
王先生も馬先生も、初めてお会いするのに、初めて会った気がしないような、とても暖かい気さくな方だった。
今日は夕食を馬先生とご一緒できるという。少し日本語で会話をした。「お母さんは大丈夫ですよ。」という馬先生の言葉が、とてもありがたく安心した。
散策
中医院を後にし、母がタイガーバームを買いたいというので薬局へ立ち寄った。
そこへ行く途中、気になって忘れられないのがホームレスの母子だった。私が見たのは、まだ2歳にもなっていないような女の子が、寒そうな格好をして、母親に寄り添い、悲しそうに泣いている。
母親はただただうつむいて座っているだけ。道行く人が置いてある缶に小銭を入れている。小仲もお金を入れているのをみて、姉と私も持っているだけの一元硬貨を入れた。こんな母子が何組もいた。
日本にも、ホームレスの人たちはいるけれど、母子というのはさすがにいない。
さっきの華やかなデパートとはあまりにもかけ離れているので、しばらく複雑な心境だった。
薬局に着いた。財布以外、荷物をロッカーに預け、店内へ。所狭しと色んな薬が置いてある。漢方薬の香りがすごい。私はこのとき、胃の調子が悪かったので、胃薬を購入した。
この胃薬、馬先生が選んでくれた。馬先生が選んでくれた胃薬を買えるなんて、なんて贅沢な買い物だろう。
それから、南京中医薬大学の王玲玲先生の所へ行き、姉の治療をしていただく。
姉は5年くらい前より、頚椎から下左半身が痛く、特に腰から下は左足の指先まで痺れがあり、しゃがむことが出来ないほどだった。
それを兎澤さんに伝えたら、王先生に連絡を取ってくださり、急遽治療をしていただけることになった。
頚椎から背中の真ん中までを、吸い玉というもので吸引しながら上下すると、みるみるうちに色が赤紫に変わっていく。ところどころに内出血のようなものが出来てきた。これがそこに溜まっている澱んだ血液だという。
その後、首から背中に掛けて十数か所、左半分の腰から膝に掛けて十数か所、鍼をさしていく。先生の微妙な指先の動きに目を見張った。そして15分くらい経ってから、鍼を抜き、今度は竹の筒で吸引。初めて目の当たりにした治療・・・効果が期待できそうだった。
夕食・・・食事内容詳細へ>>
馬先生と一緒に屋台風レストラン「南京大牌ダン」へ行った。
まるで映画「千と千尋の神隠し」のワンシーンに出てきそうなお店だった。
週末・そしてバレンタインデーということもあって、お店は大混雑。カップルや家族連れで大賑わい。ここで珍しかった食べ物と言えば、アヒルの血で出来た豆腐のようなものと、アヒルの首のぶつ切り(?)どちらも珍味だった。
それから、料理ではないが、このレストランに来る前に、名前がわからないけれど日本のりんご飴のような、姫りんごの間にドラゴンフルーツが交互に刺さっていて、それを飴でコーティングしてあるお菓子にはまった!帰りにまた買って、ホテルに持って帰って食べた。
夕食後、馬先生がプロデュースしてらっしゃる手佳中医問診部というところで全身マッサージ。
ちょっと細めのベッドの顔の部分にポッコリと穴が開いていて、そこに顔を埋める。首、肩、肩甲骨、腰、足までマッサージしてもらった。
とても気持ちが良く、「そこそこ、メッチャ気持ちいい!」って伝えたいけど、中国語で伝えられないから歯がゆかった。
馬先生とは、ここでお別れしたのだが、「チャンスがあれば・・・というと、なければ来られないので、チャンスを作ってまた南京へ来てください!」という暖かいお言葉をいただいた。
3日目
気功
ホテルで朝食を済ませた後、8時半から張声炳先生による気功治療と勉強をした。
張先生のお話は、 気功とは中国の真髄であり、生命エネルギーの根源である。
5,000年前より、人間には自然治癒力が備わっていることがわかっていたが、医療の発達により、一時的に重視されなくなっていたが、また更に研究が進み、その結果、国家として重点を置く学問、気功学(自然療法)となった。
気・・・見えないものではあるが、物質的エネルギーでもある。
例…二つの水を入れたビーカーを用意し、一つには「愛」という文字を、もう一方には「憎」という文字を書き、多くの人々にそれぞれのビーカーを見てもらう。
その後、それを冷凍し、分子配列を見てみると、「愛」の方は整っているのに対し、「憎」の方はぐちゃぐちゃであった。
気功とは、呼吸・姿勢・心の三大要素を調整するものであり、この三つが完璧に調整できて初めて気功になる。
数千種類あり、50年代より正式に医学として取り入れられ、内科・外科・小児科・慢性病(癌も含む)・老化防止・ダイエット などに効果がある。
まず、脳と内臓に作用することによってバランスを調整し、呼吸器、免疫力、代謝をよくする。
人体の全体を調整することにより、局部を治す。
高血圧、低血圧をも治すことが出来る。
低血圧の人・・・頭のてっぺんのツボ(百会)に意識をもっていくと高くなる。
高血圧の人・・・足のツボ(湧泉)に意識をもっていくと低くなる。
気功によるリラックス法 
呼吸に合わせてリラックスしていく。
へその下指3本分下のツボに意識を集中させ、腹式呼吸を行う。
息を吸い、吐くときに、頭→首→肩から腕→胸・背中→腹・腰→おしり→太もも→膝→膝下→足→足の指 の順で、リラックスしていく。
熱い太陽エネルギーを頭の百会より取り入れるイメージで息を吸う。
悪い部分に到着したら、息を止め、悪いものが分散するイメージを思い浮かべたら、息をゆっくり吐きながら、頭の後ろから背中、足の後ろ側、足の裏から追い出す。
例・・・ドイツの脳腫瘍患者が、気功を習い、2ヶ月の努力の結果、腫瘍が消滅し、手術の必要がなくなった。
抗がん作用のある食品
にんにく、ブロッコリー、キャベツ、白菜、にんじん、トマト、アスパラ、ハトムギ、長芋など。
このあと、実践に入ったのだが、呼吸法ひとつしようと思っても、なかなかむずかしい。
日本に帰ったら、うまく出来るのだろうか。
昼食・・・食事内容詳細へ>>
張先生も一緒に、昨日行った徳基広場にある高級香港レストラン采蝶軒ZENというお店に行った。
とても洒落たレストランだった。
こんな高級なところ・・・日本では普段行けないので、とても嬉しかった。
オーナーは36歳の香港女性。さすが!!という感じの女性だった。
またまた珍しい料理が次から次へと運ばれてくる。食いしん坊の私は、それを次々と平らげた。
母も、お腹がいっぱいだと言いながら、すごく食べている。
治療
その後、今度は自然療法の韓先生の所へ行った。
金属のヘラ(小さなしゃもじのようなもの)で両手の表裏を擦ると、患者の悪いところがわかるという。
まずは母が診察。
母には肺に気になるものがあるという。(韓先生曰く、「腐った火」があるという。)そして、18年前に肩を痛めていること、数年前から視力が著しく低下していることなど、ズバズバ言い当てる。
肺は今回のメラノーマをきっかけにCT検査でも、気になる白い影があると言われたが、今のところ癌ではないという見解だったが、それまで言い当てられるとは恐るべし。後は頭の血管が細くなっているので、脳溢血に気をつけなさいとのこと。韓先生の治療院でマッサージ治療を何度かすれば、改善されるということだった。
食べてはいけないものは・・・乳製品。
次は姉。これもまた、15年くらい前に乳房に小さなしこりがあったはず、歯茎が弱っている、虫歯は3本、口腔癌や舌癌の恐れあり。
生理のときに、出きっていない血液のようなものがある。
首、肩、腰すべての関節が痛んでいる。やはり「腐った火」が体の数箇所に見られる。などなど、これもまたズバズバ言い当てた。
食べてはいけないものは・・・海鮮類。
そして最期は私。
あまりに母と姉が言われるものだから、一番怖かったのではないかと思う。
手に汗びっしょりで、覚悟して診察を受けた。私の場合、姉と同様子宮頚のところに、生理のときに出きってない血液が溜まっている感じがするといわれた。
そして、虫歯が2本半、首と腰の骨がゆがんでいる。
腐った火は見あたらないが、心臓が少し弱いので、疲れが出やすいときもある・・・とのこと。
食べてはいけないものは・・・バナナ、コーヒー、緑茶、チョコレートなど。おそらくカフェインがいけないのか。
コーヒーやチョコレートは私の好物。困ったなぁ〜。(泣)
母と姉は、少し深刻で、今なら体の悪いものをマッサージ治療によって追い出すことができるので、もう少し中国へ残れないかということだった。
でも、残ることは難しいと伝えると、明日もまた治療に来て、それからまた考えましょう・・・ということだった。
不安が残るまま、 それぞれが韓先生の治療院で全身マッサージ治療を受けた。
これがまたすごく気持ちよかった。内臓までマッサージしてもらったのは初めてだった。
あ〜気持ちよかった。かなり体が軽くなった。
夫子廟
さて、体が軽くなった後、今度は夫子廟へ。
ここはやはり観光地とあって、賑わいがすごい。 お土産物のお店が両側に立ち並んでいる。そこを通り抜けると、ネオンが綺麗だった。
そこで有名なお茶屋さんへ行き、珍しいお茶(花が咲くジャスミンティー・中国の緑茶、ウーロン茶など)をたくさん試飲させてもらい、お菓子も試食。ここでお土産のお茶を買った。
夕食・・・食事内容詳細へ>>
お買い物が済んだら、次はお待ちかねの紹興酒がいただける夫子廟咸亨酒店というレストランへ。ここは中国の小説家、魯迅の小説に出てくる有名なレストランの支店だそうだ。料理もめちゃくちゃ美味しかった。南京でしか味わえない魚料理や野菜料理、美味しい料理と美味しい紹興酒・・・幸せ〜!! 紹興酒は今まで飲んだ紹興酒とは全然違った。コクがあって、まろやかで、色も少し濃いような・・・。とにかく美味しかった!
治療
夕食後、8時半に今度は鍼治療の王玲玲先生がホテルに来てくださった。
この先生も、本当に気さくな方で、中国針灸界のカリスマと言われている方にもかかわらず、本当に親切に丁寧にお灸の仕方などを教えてくださった。
このときは、母、姉、私3人とも鍼治療を受けた。日本でも何度か鍼治療は経験があったが、この先生の鍼治療は違う!!
痛みの根源を鍼で刺し、分散させているように思えた。肩こり・腰痛が一気に消えた。
姉も、今まで和式のお手洗いでは出来なかったのに、しゃがめるようになった。
すごいっ!!
4日目
癌クラブ
ホテルで朝食後、今日は南京癌友康復協会に行く。
ここへ行く時は、テンションを3段階上げてください。・・・と藤岡さん。
それくらい、ここの人たちは元気だということだ。
初めて会う癌クラブの人たち・・・少し緊張して扉を開けると緊張するも何も、ミーティング中だったにもかかわらず、10数人の人がいただろうか、皆さんが大歓迎をしてくれた
。
お茶を入れてくれ、「良く来てくれたね、さぁさぁここへ座って座って!」と(中国語でわからないけど、多分、こう言ってくれているのでしょう)こんな感じだったので、すぐにリラックスできた。
胃がん末期患者だった人、肺がんだった人、乳がん、悪性リンパ腫、ここにいるすべての人たちが、癌と戦い、癌を克服し、人生を明るく楽しく生きているのだ。
会長さんの朱さんはまだミーティングが残っていたので、副会長の周さんが中心になって話をしてくださったのだが、胃がんを克服したとは思えないほどパワフルで、隣にいて話を聞いていると、圧倒されるほど、すごかった。
癌なんて怖くないのだ・・・と思えた。
厳さんという方は、肺がんで、鶏の卵大の腫瘍が見つかったという。手術でそれを切除し、初めは西洋医学で抗がん剤治療と放射線治療を始めたが、抗がん剤治療4回目で体力の限界を感じ、5回目を拒否したとのこと。
それからは、書道や散歩、盆栽などの趣味を増やし、漢方薬、気功、太極拳と食事療法で克服したという。
以来10年以上の月日が流れている。肺がんなんて、絶対に助からないと思っていただけに、とても驚いた。
乳がんだった女性は、生活は順風満帆、何も不自由はない満足した生活を送られていたとのこと。
それなのにある日、乳がんが見つかり、「どうして私が・・・なんで?」と思い、とても落ち込んだそうだ。幸いまだ初期だったので、癌部分だけを取り除くだけで済んだが、退院後の彼女は外出もしたくなくなり、約2年間、引きこもりの状態になったと言う。そんなとき、この癌クラブの事を知り、思い切ってドアを叩いたら、皆さんががん患者ということもあり、すぐに心を開いたそうだ。
ここでは皆が癌患者なので、気持ちがとても楽だったそうだ。今では80%克服し、ボランティアで事務の仕事を手伝っているそうだ。
最期に周さんは、母に対して、「貴女は今日から私たちの家族です。日本と中国、国は違っても、癌という病気は同じ、だから家族です。
癌に負けそうになったら、いつでも電話やお手紙をください、私たちはすぐに返事を書きますから。そして、またここへ来てください。
来年、再来年と元気な姿を見せてください!」と。癌と戦う勇気と、安心をもらったように思えた。
私たちが帰ろうとしたとき、ミーティングが終わり、皆さんと一緒に記念撮影。母を見ると、目の輝きが違う。確かに今までの母の顔つきとは違う!と確信したとたん、改めて今回の中国体験旅行に連れてくることが出来て良かった・・・と思った。
鶏鳴寺
今日の昼食は鶏鳴寺という尼寺で、精進料理をいただくとのこと。
お寺の中に、精進料理をいただけるレストランがあるのだが、改装中だったので、今は使われていないけれど、見晴らしが抜群に良いということで、私たちだけのためにこの日特別に開けてくれた場所に通された。
食事は新しく出来たところでいただいたのだが、お茶とお菓子をここでいただいた。
これも兎澤さんが、ここのご住職とお知り合いということで、特別な計らいだった。ありがたい。
ご住職さんは、蓮華法師というお名前の方だ。うまく表現できないが、目が合うと、なんだか心の中を読まれるような、すごいパワーのある方だと感じた。
この日は息子の受験の10日前だったので、兎澤さんに無理を言って、事前にお願いしてもらっていた数珠をいただいた。
そこからの眺めは、城壁が見渡せ、遠くの丘には三蔵法師(玄奘三蔵)が祭られている玄奘寺というお寺があった。
しかし、肝心の遺骨は、日中戦争のときに、日本兵が見つけて日本へ持ち帰り、戦後埼玉県の慈恩寺に祭ってあったそうだ。中国政府は許可したが、
中国の僧侶達はそれを認めておらず、返還を求め、1955年に中国政府に返納されたとある。
でも、その遺骨の事を、日本に帰ってから調べたら、未だに日本のお寺に何箇所にも分骨されているみたいだ。やっぱり、これは中国に帰すべきなんじゃないかなぁ?
ご住職さんも、「野菜をたくさん食べなさい。そして、物事に感謝をしなさい。」と母や私たちにおっしゃった。
普段、私たちは感謝するということを忘れがちだが、改めて何にでも感謝・・・この気持ちを忘れてはならないと思った。
参考:さいたま観光コンベンション
さて、しばらくお茶とお話を楽しんだ後、お寺を案内していただき、お線香を上げさせていただいた。
1000年以上の歴史がある南京有数の古寺というだけあって、厳かだ。大げさだけど、若いときには歴史ある古いお寺に行っても、ただ手を合わせるだけだったが、この歳になってこのような歴史あるお寺を訪れると、仏教の真髄に少し近づけたような気になり、本当に心の底からの思いで、手を合わせた。
参考Wikipedia:鶏鳴寺
昼食・・・食事内容詳細へ>>
さてさて、いよいよ精進料理発祥のお寺の精進料理をいただくときが来た。
新しく改築されたばかりの素敵な部屋へ通され、出てきた料理がすごかった。
以前、テレビで見たことがあったのだが、野菜や穀物で、似非肉料理、似非海鮮料理を作るというものだ。アワビもどきや肉もどき、エビ、ナマコ、すべて見た目も食感も味もそっくりなのだ!!盛り付けも芸術だった。
そして、またここでも、南京でしか食べられない野菜、そしてご住職さんしか採って来られない野菜(ショカツサイ)というのをいただいた。
初物を食べると75日長生き出来るというが、今回のこの旅行で初物だらけ・・・一体どのくらい長生きできるのだろうか・・・(笑)
市場
地元の市場も少し寄った。たくさんの野菜が山積みにされていた。
不思議なことに値段が書いていない。交渉するのだろうか?
お肉も部位ごとに固まりで売っていたし、レバーなどの内臓もそのまま売っていた。お肉は、ほとんどが豚肉で、牛肉は一部にしか売っていなかった。しかも、テールがそのまま並べられていた。
(驚)隣の酒屋さんに寄ってみたら、庶民的な酒屋さんだったので、安いお酒なら3元(約42円)くらいからあった。
治療
今日も韓先生の治療院でマッサージ治療をする。
頭の地肌まで心地よくマッサージをしてもらい、更に体が軽くなった。
最初のマッサージの次の日は揉み起こしのせいか、体中が少し痛かったが、昨日のマッサージでそれが改善され、今日はさらによくなった。
1時間余りの治療の後、再び韓先生の診察を受ける。
母と姉の「腐った火」は随分改善されたとのこと。
母には喉に出来たメラノーマのことよりも、やはり肺の影が心配だという。
日本に帰国後、気功や運動をすることと、足の湧泉というツボにすり潰したニンニクを10日おきに片足ずつ4時間湿布をしていると、そのうち水ぶくれができるので、それが出来たら解毒が出来たということになるそうだ。
そんなわけで、昨日の不安がウソのように、無事帰国できることになった。
夕食・・・食事内容詳細へ
ホテルへ帰り、しばらくゆっくりした。それから5階の鉄板焼きのお店で最後の夕食。
料理長さんが目の前で鮮やかな手さばきで次々と食材を調理していく。
料理長さんと言っても、26〜28くらいの若い女性だ。とても可愛い人だった。皆、彼女の調理に見入ってしまい、話すことを忘れるくらいだった。
見事に調理された料理は、本当に美味しかった。
中でも卵の上をくりぬいて、その中で蒸し焼きにして茶碗蒸しを作り、出来上がった上にキャビアとフォアグラをトッピング。
美味でございますぅ〜と叫びたかった。
銀ダラのソテー、特大エビのソテー、南京野菜の炒め物・・・
それからそれから、今夜の目玉は・・・なんと中国の5ツ星ホテルの料理長に焼いてもらう"お好み焼き"。
兎澤さんがレシピを伝授し、藤岡さんがおたふくソースを持参した、絶品お好み焼き!ふわふわして本当に美味しかった。
この光景を藤岡さんは「中国人シェフに焼いてもらったお好み焼きを食べる大阪のオバちゃん」と言った。
いやはや何とも言えないサプライズだった。
食後は場所を変えてデザートタイム。これも周りをカリカリとした食感に焼き上げたバナナの上に、紫芋のアイスクリーム。
あ〜なんて幸せな4泊5日の有意義な旅だったのだろう。
感想を述べた後、明日は朝早いので、早めに部屋へ帰った。
帰国の日
朝6時にロビーで待ち合わせ。藤岡さんの心配通り、兎澤さんが来ない。
小仲が少し遅れて到着。途中で兎澤さんと合流し、空港へ。
いよいよ皆さんと別れのときがきた。藤岡さんはお仕事が残っているとのことで、藤岡さんともここでお別れ。
4・5日一緒にいただけで、これほどまでに別れが辛いなんて、ウルルン滞在記を思い出した。
人との出会いは本当にすばらしいものだと実感した。
藤岡さん、小仲、いろいろありがとう!帰りは3人で帰るので、出国審査の入り口まで兎澤さんが同行してくれた。
荷物をチェックインした後、もう一度藤岡さんと小仲がいるところへ戻れたのだが、母があまりに辛がるので、また戻ると余計に悲しくなると思い、それはしなかった。
兎澤さんが、言葉がわからない私たちを心配してくれ、出国審査が済み、中へ入った私たちの姿が見えなくなるまで、最後の最後まで見送ってくれた。
兎澤さん、本当に本当にありがとう!!
本当に今回の中国旅行に母を連れて行けたこと、そしてこの旅行に行くために関ってくださった皆さんに感
謝しています。
行く前までの母は、マイナス思考で、いつも泣きそうな顔をしていた。
食欲もなく、一日で 食べる量はほんのわずか・・・。それが藤岡さんのお話を聞き、漢方薬を処方していただいてから、少しず
つ元気になり、中国旅行へ行ってからは、すごく前向きになった。
何と言っても一番驚いたのは、この旅行で、治療時間が含まれているとは言うものの、朝ホテルを出たら、夜まで帰って来ないようなハードなスケジュールを、すべて母がこなせたことだ。
それに、帰国した翌日は、私でさえ疲れを感じていたにもかかわらず、母は午後から買い物に出かけられたことだ。そして、帰国後2日目に予約していたPET検査も自らキャンセルした。
もし、PET検査をして、体のどこかに転移や再発をしていることが見つかったとしても、抗がん剤や放射線は効かないのなら、中国医学の考え方を信じているのだから、PET検査の結果が悪かったらまた落ち込んでしまう、そうなると中国へ行って、前向きになった意味がない・・・と思ったからだ。
帰国後の母は、一週間に3〜4回水泳に行き、1〜2回気功に行き、食事療法、友達とお茶やランチを楽し
み、綾小路きみまろを聞きながら家事をし、楽しく過ごす努力をしている。
帰国後は
- ご飯が美味しくなり、朝からトースト2枚をペロリと平らげる様になった。
- 今までは朝、なかなか布団から出られなかったのが、すぐに起きられるようになった。
- お通じは毎日!健康そのもの!
- 友人から、「目の輝きが違ってきた。」と言われた。
これは私達姉妹も感じている。
中国旅行へ行く前は、うつろな目をしていたのだが、帰国後は、黒目が黒くなり、目力がある目になっていた。
このように、中国体験旅行と漢方薬のお蔭で、だんだん体調が良くなってきているので、母は大丈夫!!と確信している。