すい臓がん末期余命3ヶ月:抗がん剤治療に疑問
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中国医学体験旅行記 2009年10月

末期すい臓がん余命3ヶ月

抗がん剤に疑問を持ち中国へ


2009年10月に南京に行かれた赤堀様が、がん宣告から体験旅行前後の様子を文章にしてくださいましたので紹介いたします。

赤堀さんのがんに取り組む姿勢や考え方に対し学ばせていただくことがたくさんあります。
西洋医学ではお手上げの状況ですが、赤堀さんの治療に対する取り組み姿勢を見ていると「治るかもしれない。」いや「治る」と思えてきます。

以下赤堀さんの文章をそのままコピーいたします。
(ご本人の了解を得て実名+お顔を公表しています。)

古希の内祝いで南京癌友康復協会へ寄付(2010年5月)


末期膵臓癌(すい臓がん)の記録(本人:男性 1940年5月生まれ)

1.2009年4月−8月 (症状と診断〜治療開始)

2009年8月5日、東京女子医科大学附属青山病院にて、尾部・体部膵臓癌(すい臓がん)レベルWbとの診断を受けた。
CTスキャン画像で付近の臓器や血管を巻き込んだ浸潤が見られるので手術は出来なく、治療の方法はないという告知内容であった。

肝臓にも転移を疑われる影が何箇所か見られるとも言われた。余命は3ヶ月ないし6ヶ月だが、抗がん剤投与により多少の延命の可能性はあり、唯一その選択肢は残っているとのこと。
それも良くて6ヶ月という医師の話であった。そのまま同病院に入院となり、8月10日から抗がん剤投与が始まった。

少々話を戻そう。
後から思い返すとこの4月頃からお酒に対する好みが変わっていた。
それまで40年以上かなりの飲酒を毎日続けてきた。
お酒はどんなものでも美味しくいただき、量的にも純アルコールに換算して毎日120ml(ウィスキーのストレートに換算すれば300ml)は飲んでいたから大酒のみの部類に入るだろう。

ところが、
この頃から焼酎が美味しいと感じなくなってきた。芋焼酎の薩摩白波をお湯割りで愛飲していたのだが、あの独特の旨みを感じなくなっていた。
家内によれば、それまでお酒をいくら飲んでも殆ど顔色に出なかったのに、その頃からすぐに赤くなるようになったという。

5月1日からインドネシアで何箇所かの砂防ダム工事管理の仕事に従事することとなった。
インドネシアでは1年ほど前から輸入酒類の関税が500%となり、ウィスキーなどのスピリットは手に入りにくく、値段も法外なものになっていたので、この際、酒量を減らし、現地で醸造されて値段も安いビールだけにしようかと考えていた。
嗜好の変化はおそらく肝臓の機能が落ちてきたせいだろうと大した根拠もなく判断したからである。
5月中は持ち込んだり友人にいただいたウィスキーをお湯割りで少々飲み、後はビール大瓶1本といった毎日が続いた。純アルコールにすれば60cc程度、つまり以前の半分である。
これを任期の12末まで続ければ、肝臓はまた新品同様になるだろうと気楽に考えていた。
6月に入るとウィスキーも大して美味しいと感じなくなり、強いものではジン・トニックだけが美味しいと感じられるようになってしまった。
ジン・トニックはトニックの味が強いから、お酒そのものの味とは言いがたい。

7月になると左上腹部と左脇腹に鈍痛を感じるようになった。
決して強い痛みではなく、仕事で現場へ出れば忘れてしまう程度の痛みだったが、ずっと継続するので苦痛ではあった。この頃になるとお酒はビールも不味くなり、飲んで美味しいと感じたのは赤ワインだけであった。それも敢えて飲みたいとも思わなくなり、この頃で全てのお酒とひとりでに縁が切れてしまった。

一方、食べ物の方であるが、インドネシア料理はかなり唐辛子を使う。
私は2007年と2008年もインドネシアで仕事をしていたが、このスパイシーな料理が好きで、唐辛子をつぶしてペースト状になったものを鯉のフライや串焼きの山羊肉などに付けて美味しくいただいたものであった。
ところが今回はそんなことをしてもそれほど美味しいとは思わなくなり、また、無理に食べると下痢してしまうようになった。また、仕事仲間とよく昼食を摂りにいったパダン料理屋でも、それまで特にスパイシーと感じなかった料理を次第にスパイシーに感じるように変化していった。
左上腹部の痛みは続くので、7月半ばに日本にいる家内に連絡し、膵臓を含めた検査が出来る人間ドックの手配を依頼した。
インターネットでいろいろ調べると、上腹部の痛みの原因はほぼ膵臓炎などに限られる為、検査としては難しいといわれる膵臓も含めた訳である。

家内の手配で8月3日に東京女子医科大学附属成人医学センターの人間ドックに予約が取れた。
8月1日に帰国し、予定の3日に同センターで検査を受けた結果、膵臓に大きな腫瘍が見つかり、同大学附属青山病院に入院・精密検査ということになった。そして冒頭に述べた診断・告知となった次第である。

抗がん剤投与は8月11日から始まった。

内服薬:TS−1:100mg/日(朝・夕50mg)を4週続けて2週休み
点滴:ジェムザール:1600mg/週を3週続けて1週休みというスケジュールである。

投与による吐き気、気分の悪さは大したことはなかったが、食欲が全くなくなってしまい、病院食は受け付けなくなった。
当面はなんでも食べさえすれば良いとのことなので、家内に好きなおにぎりなどを差し入れてもらったり、自分で売店の弁当を買ったりしてある程度の量を腹に収める努力を続けた。
食欲について言えば、インドネシアに居残っていた7月中は次第にあっさりしたものしか食べられなくなり、インドネシアで適当なのはインドネシア風鳥雑炊くらいしかなかった。
朝、起床時の体調は最悪で、腹部全体の不快感が強く、全く食べる気持ちにならないのを無理に少々のおかゆを食べていた。
こんなことで、1ヶ月の間に体重は67キロから58キロに減少していた。

8月1日に帰国してからはソーメンなどの軽い食事が出来るので普通の量を食べることが出来た。
入院してからも抗がん剤投与開始までは病院食をキレイに平らげていた。決して美味しいと思った訳ではないが・・・。

抗がん剤投与の前後では大きな違いがある。
青山病院は所沢の自宅から遠いので8月20日に退院し、21日に自宅から車で10分の距離にある西埼玉中央病院に入院した。
その昼の病院食は全く手を付けられなかった。病院食を断り、朝飯は家内が買ってきてくれるパン、ヨーグルト、コーンスープなどを摂り、昼は病院内の食堂で蕎麦やらラーメン、夕食は家内が作って届けてくれる雑炊やらおにぎり・味噌汁といった食生活を続けた。

この病院では抗がん剤の量を減らして(ジェムザール:1200mg/週、TS−1:60mg/日)投与を継続することとなった。
最初に予定されたジェムザール点滴の前に血液検査を行った結果、白血球が危険レベルの1500を切っていたので中止となった。
感染症に対する抵抗力がゼロに近いということで、急遽、増血剤を3日続けて注射した。

これは骨髄抑制という抗がん剤の避けられない副作用であり、大きなマイナス効果である。
この時、ひょっとすると抗がん剤は抗癌あるいは制癌というプラス面よりも副作用のマイナスの方が強いのではないかという疑いが頭をもたげた。

私は歯医者と怪我を除き医者の世話になったことがなく、薬も殆ど飲んだことがないという健康生活を続けてきたので医療関係の知識に乏しく、ましてや癌などについては何も知らない状態であった。今回も専門医のご意見にすっかりお任せであったが、この抗がん剤の強烈な副作用を体験し、少しずつ勉強するように変わった。

2.2009年9月 (抗がん剤に疑問?中国医学)

こうして私は抗がん剤に頼る医療に疑いを持ち、外出許可を得て自宅に戻った際、インターネットでいろいろ調べ、中国医薬を紹介するナチュラルプラスに行き着いた。

連絡を取ってみると、問診表を送ってくれた。更に舌の写真もEメールに添付して送れという。
問診表は非常に細部に亘り、普段の食生活まで聞いてくる。舌の状態を写真で見て健康状態を判断するというのも理にかなった診断であり、この中国医薬は信頼できるな、という印象を得た。

9月20日頃、早速問診表と写真を送ったところ、1週間ほどで顆粒の漢方薬が送られてきた。中国南京市にある江蘇省中医院の経験ある医師が診断し、処方したものだという。
9月末から早速服用を開始した。
一方、抗がん剤投与は西埼玉中央病院で続けられ、ジェムザール、TS−1共に2クール弱を終えた。

病院からは9月19日に退院し、以後は毎週の通院で点滴を受けることになった。入院中には鎮痛剤として服用したモルヒネ系オキソコンチンの副作用で強度の便秘を起こし、とうとう看護婦さんに指で便を掻き出してもらうという無様な出来事もあった。

ちなみに入院中の服用薬は

  • 血圧降下剤のオルメテック錠20mgを朝食後1錠
  • 十二指腸潰瘍・胃炎薬のガスターD錠10mgを朝・夕食後各1錠
  • 便秘薬のプルゼニド錠を夜9時に2錠
  • 便秘薬のマグラックス500mg錠を毎食後2錠
  • 鎮痛剤としてオキシコンチン5mg錠を朝9時と夜9時にそれぞれ2錠
  • 更に青山病院では臨時の鎮痛剤としてオプソを適宜
  • 西埼玉中央病院ではオプソを廃し、鎮痛・炎症抑えのロキソプロフェン60mgと胃潰瘍・胃炎のムコスタ錠100を各1錠毎食後
  • 更に西埼玉中央病院では朝の排便を促すラキソベロン液を夜9時に10滴前後、といったところであった。

3.2009年10月 (中国医学体験旅行)

前述したナチュラルプラスでは中国・南京の大病院で診察を受ける旅行を企画しており、大阪に居られる代表者も同行するということなので早速申し込んだ。
私は膵臓癌レベルWbとお伝えしたので、旅行に耐えられるか心配されたようだが、電話で私の元気な声を聞いて安心したそうで、結局10月9日から13日に旅程が組まれた。
この件については西埼玉中央病院の主治医に書面でお断りしたのでその全文を以下に引用したい

―引用―
2009年10月1日
西埼玉中央病院 内科医師 ○○ 様
赤堀篤良の病状とそれに関するお願い

大変、お世話様になっております。
私が8月21日に貴院に転院させていただいた折、私には全く食欲がなく、せっかくご手配いただいた病院食の昼食も全然受け付けない状態でした。
その後、9月19日に貴院から退院となりました。体調はずっと良くなり、ジェムザール投与後の3日ほどは時折気分の悪いことがありますが、それ以外は食欲も十分あり、普通の食事を続けております。
運動は毎朝「腰痛体操」を欠かさず、散歩も15分くらいはほぼ毎日行っております。ただ、運動が過ぎると左わき腹に痛みを感じますので、それ以上は続けないようにしております。 こうした状況ですので、私の場合、延命を目的とした化学療法としては十分に成功しているかと存じます。

ただ、東京女子医科大学附属青山病院の担当医師が言われたように、今回の延命処置はその効果として期待できるのが良くて6ヶ月程度ということです。
最初に言われた余命が3ないし6ヶ月ということですから、良くても今年の8月から数えて来年7月頃までの命ということになります。

実は、今回の私の膵臓がんについては、ご近所の方や親しい友人にかなり詳しく様子をお知らせしました。

その方々の中で、

  1. 戚の年配の女性が大腸癌の切除手術に引き続き、転移した大腸癌及び肝臓癌の治療を続けているが、化学療法に加えてある漢方薬(キングメシマコブ散薬)を併用したところ、医師も驚くほどの効果があり、服用開始後5ヵ月後の現在は腫瘍マーカーの数値も問題なく、とても元気に暮らしているということです。
    9月29日のお話では、点滴の抗がん剤は取りやめ、TC434 と TC447の服用だけになっているそうです。
  2. 私の大学時代からの友人で、数年前に奥様を癌で亡くした方のお話で、奥様は抗がん剤投与を始めて4ヵ月後、5センチほどあった膵臓がんが消えたこと、しかし、癌は肝臓や横隔膜などに転移していて、結局は助からなかった、 といったお話を聞きました。

また、インターネットで検索すると、私のようなレベルWbの末期癌の場合、化学療法や放射線療法では6ヶ月後の生存率は低く、5年後の生存率はゼロであるのに比し、中国医療では5年後の生存率は50%を超えるといった情報もあります。
こうしたことで、私も中国医薬に興味を持つに至りました。
とは言っても、上記のような話を鵜呑みにする訳にはまいりませんので、いろいろ調べた結果、中国南京市にある江蘇省中医院で診断を受けてみることにしました。
この病院は毎日の外来患者が4千人という大病院で、西洋医学も取り入れ、ジェムザールなども採用しているそうです。「百聞は一見にしかず」で、現地では大勢のがん患者さんが参加している「癌クラブ」にも顔を出し、直接お話を伺う予定です。

このクラブでは末期癌の患者さんが主として参加し、中国医療、気功、食事療法、おしゃべり会などを行っているそうですが、その結果として5年後の生存率は51%ということです。私が比較的元気な今の内、また、現地が寒くなる前に早く済まそう、ということで、南京へは10月9日(金)に出発し、10月13日(火)に帰国する予定となりました。

この件、専門の医師である○○先生としては、いささか不愉快に思われるかと心配しておりますが、とに角トライして見ないと気がすまないのが私の気質なので、どうかご寛容をいただきたく、お願い申し上げます。
なお、旅行中はウィルス対応のマスクをしっかり着用するつもりですが、なお感染症は心配ですので、申し訳ありませんが、10月8日(木)に予定しておられるジェムザール投与は取りやめ、本日(10月1日)から再開する予定のTS−1の服用もしばらく見合わせるよう治療予定を変更していただけないでしょうか?
勿論、他のオキシコンチンを始めとする薬剤は従来通り続けないととんでもないことになります。
下剤のラキソベロンも10月8日には一瓶、処方していただけますか?また、旅行中、こうした薬剤は携行し、服用を続けます。その際、麻薬に分類されるオキシコンチンが中国入国時に問題となる可能性がないとは言えませんので、10月8日の処方箋はコピーを一通いただけないでしょうか? また、所沢からは10月8日(木)昼過ぎに出発しますので、当日の診察は午前中早い時刻に変更していただけますか?お手数をお掛けして申し訳ありません。
以上、まことに勝手なお願いで申し訳ありませんが、私と家内の心情をお察しのうえ、お許しいただくよう重ねてお願い申し上げます。 もし、先生が興味をお持ちでしたら、帰国後、南京での見聞をご報告申し上げます。

赤堀篤良
―引用閉じる―

この件を敢えて文書で処理したのは、こちらの意向を正確に伝えること、決定の責任所在を明らかにすることに加え、主治医も面子に捉えられたような決定をしないように、といった意味合いもあったが、これはいらざる心配であった。

主治医は患者の意向を良く尊重する立派な方であり、今回の旅行も快諾された。
なお、上記の文中にあるキングメシマコブは家内が手配し、9月上旬から飲用を始め、11月上旬まで継続した。その後は中国医薬の霊芝カプセルに切り替えた。

こうしたことで家内と共に10月9日に関西空港から南京へ飛んだ。
大阪の代表者も同行され、南京では現地に永住を決め込んだ日本人が通訳としてジョインし、更に運転手と交渉係りの女性も加わり、総勢6名のグループとなった。


出発前にモルヒネ系のオキシコンチンは海外へ持ち出すのに厚生労働省管下麻薬取締り部の発行する麻薬携帯輸出許可証が必要であることを主治医から知らされ、あわてて手配したというハプニングもあった。

江蘇省中医院の医師は30分ほど掛けて喉や舌を覗いたり、脈を取ったりの診察のほか、いろいろな質問もされた。
この辺りが数字を見るだけの西洋医学あるいは和式西洋医学でのマニュアル的診断と異なる。この医師の話では中病院では西洋医学も勿論取り入れ、化学薬品の抗がん剤も使っているとのこと。
彼らの経験によれば化学薬品の抗がん剤は効く患者には非常に効く。

このことから、彼らのルールは、

  1. 抗がん剤は体力のある患者にだけ投与する
  2. 副作用が強いので抗がん剤は1種類しか投与しない
  3. 抗がん剤は2クール(サイクル)で結果を見、格段の効果があればその抗がん剤の使用を継続し、さもない場合は取りやめる
    といった3点だという。

抗がん剤を取りやめた場合は漢方薬に切り替えるのだろう。はなはだ合理的な判断ではなかろうか。大した効果も見られない抗がん剤の投与を続けたところで、100%保証されている副作用の悪い効果が残るだけである。
日本でインターネットを見ていると大した効果も期待できないのに抗がん剤投与を続け、ついに患者は苦しみながら最後を迎えることになる事例が数多く見受けられる。
日本のがん治療は大きな間違いを犯している可能性があるのではなかろうか。

中医院の同じ医師の話では、血圧降下剤や鎮痛剤に関しては西洋医学の薬品が優れているという。
要するに、この病院では西洋・東洋の医薬や療法を拘りなく並べ、良いものを選んで組み合わせて採用しているのである。

日本は西洋医学に束縛されているが、その発祥元の欧米では研修生を中国に送って中国医薬を勉強させようとしている。

日本はこのままで良いのだろうか?

南京では癌友会会員の方々の体験談もお聞きした。この支部は多数あり、会員の総数は数年前で5千を超えたそうである。
出席された会員12名の方々の多くは最初に手術で癌を取り除いている。その後の化学薬品の抗がん剤は副作用に耐えられなかったり、経済的な理由で漢方薬に切り替えたという。

手術が全く出来なかった私の病状よりは初期状態が良かった訳であるが、それにしても病院に残って化学薬品の抗がん剤投与を続けた患者はすでに亡くなっており、彼らは長い方で20年存命しているとのこと。
会員によってはタバコは吸うし、お酒も時々は飲んでいるという。

体験談を聞きに参加した会員に私と同じ8月始めに膵臓癌と診断された方がおられた。私と同年の69歳とのこと。
この方は手術を受け、その後、膵臓近くに抗がん剤を直接投与する療法を受けているということであった。
副作用は無いとのお話であったが、この方の顔色は土気色で、他の会員の健康的な顔色とは対照的であった。
この方、奥様と一緒に他の会員の体験談に熱心に耳を傾けていたが、後から化学薬品の抗がん剤は止めるよう、他の会員に説得されたのではなかろうか。

南京では気功の先生の指導を受けたり、有名な鍼灸師の治療を経験したり、中医院の他の医師のお話を聞いたりもした。
皆さんの癌治療に対するご意見は似通っており、最大公約数としては次のようなことであったと理解している:

  1. 自分の病気を治すのは自分の治癒力である。薬はそれを助けるだけ。
  2. 常に気持ちを明るく保ち、前向きの姿勢で多くの友人と交わり、愉快に生活を続ける。
  3. 食生活に留意し、菜食を基本とする。ただ、多少の動物性蛋白質の摂取は差し支えない。その場合でも魚あるいは豚肉または鶏肉の料理とし、牛肉、羊肉は避ける。乳製品も摂らない。飲酒、喫煙は厳禁。
  4. 気功、太極拳などの運動を毎日続ける。
  5. 薬は漢方薬とする。出来れば、更に、花粉、ロイヤルゼリー、サルノコシカケ(霊芝)の煎じ薬なども飲用する。

この旅行中の見聞で私は化学薬品の抗がん剤には見切りをつける決心をし、西埼玉中央病院の主治医にその旨手紙と面談でお伝えした。
下に全文を引用する

古希の内祝いで南京癌友康復協会へ寄付(2010年5月)

―引用―
2009年10月14日
西埼玉中央病院 内科医師 ○○ 様

中国・南京市 江蘇省中医院での診断他 上記につき、明日(15日)の診察に際して口頭で申し上げるのは時間を取り過ぎるかと懸念されますので、あらかじめ文書に目を通して頂く方が良策かと存じ、以下に南京での見聞を纏めてみました。
ご一読いただければ幸いです。

中医院は病床数1,000、外来患者が毎日4千人以上というだけあって立派な大病院で、職員や患者で実に賑やかでした。
王端平という女医さんの診察を受けました。
舌を見、脈を調べ、東京女子医科大学附属青山病院から持っていったCTスキャンのフィルムにも目を通し、全体で30分ほどの時間をかけた問診の結果、その場で漢方薬の調合処方箋を書いてくださいました。フィルムを見て、癌ははっきりしていますね、と言われました。
また、こちらの質問には次のように答えられました

  1. 国では西洋医学・医薬も大いに取り入れている。
    この病院でも化学薬品の抗がん剤も処方する。抗がん剤は患者によっては大変すぐれた結果を示すが、その数は多くない。また、副作用が強い為、体力の衰えた患者には投与しない。さらに、強い副作用を避ける為、複数の抗がん剤は投与しない。
    投与しても2クールで相当な効果が認められなければ中止する。
  2. 西洋医学で行われている緩和療法は正しいと思う。その療法で使うオキシコンチンは優れた鎮痛剤であると思う。
    また、血圧降下剤も西洋医薬の方が優れている。

その夜、1935年生まれの馬永華医師にお会いし、お話を伺いました。この方は1954年に中医院を設立した葉橘泉医師の息子さんで、1985年には日本に留学し、富山医科薬科大学博士課程に在籍、1988年に薬学博士号を得られたそうです。

中国・西洋結合臨床医として30年間活躍されたそうですが、現在は同病院の高級顧問に退き、非常勤の医療活動を続けておられるそうです。
小生の診断を予定しておられたのですが、数日前に交通事故で頭部を16針縫う怪我をされたので、王先生に代わってもらったそうです。
この先生は次の事柄を守れば小生は完治すると言われました。

1) 自分の病気を治すのは自分の治癒力であり、医者の助けを借りるものの、主体は自分自身であることを常に認識し、強い気持ちで病気に向かう。
2) 常に気持ちを明るく保ち、前向きの姿勢で多くの友人と交わり、愉快に生活を続ける。
3) 食生活に留意し、菜食を基本とする。ただ、多少の動物性蛋白質の摂取は差し支えない。その場合でも魚あるいは豚肉の料理とし、牛肉、羊肉は避ける。乳製品も摂らない。野菜は化学肥料を使わないものとし、緑黄野菜を主体とする。野菜に付着している農薬は調理の前に炭酸ソーダなどを使って完全に除去する。飲酒、喫煙は厳禁。
4) 気功、太極拳などの運動を毎日続ける。できれば緑の多い屋外での運動が望ましい。
5) 薬は中医院で調合する漢方薬とし、毎月、体調の変化などを報告して処方を調整してもらう。更に、花粉、ロイヤルゼリー、サルノコシカケの煎じ薬などもお勧めする。

王玲玲先生という鍼灸師の鍼治療も受けましたが、これは即効性が期待できる訳でもなく、なんとも言えません。
この先生から病気を防ぐ簡単なお灸の方法を実演で教えていただきました。この先生は国連の依頼で講演も行う有名人だそうで、今回、鍼灸のさらなる研究に対し、中国政府から1、000万元の予算をいただいたと言われていました。
この先生、日本の鍼灸術も研究され、お灸については日本の直接灸を採用しておられるそうです。もぐさもハリも日本製が優れているとのことです。今回の新型インフルエンザの予防でもお灸を取り入れているそうです。癌も鍼灸術で治せるということですが、小生がそれを継続する訳にもいかず、小生の選択肢には入りません。

最後の日に南京癌友会を訪れました。南京には多くの支部があり、全体では5千人以上の会員がいるとのことでした。十数人の方からお話を伺いました。

  1. 64歳の元気な男性は21年前に膵臓がんが発見され、手術を受けて胃の5分の3、十二指腸、すい頭部を摘出された。
    膵臓がんに効く抗がん剤はないと言われ、代替医療としての漢方薬の服用、菜食、気功を続け、快方に向かった。その後は他の病気をすることもなく、現在では飲み会ではお酒もいただき、タバコも吸っている。
  2. 69歳の男性はこの8月に膵臓がんが発見され、手術後、抗がん剤を患部近くの血管に直接注入している。
    吐き気などの副作用は殆どない。<この患者さん、他の会員と対照的に顔色が大変悪く、いかにも余命いくばくもない、という感じでした。上記の男性の話を奥様と共に真剣な眼差しで聞いていました>。
  3. 見るからに健康で頑健な感じの50歳代と見られる会員は6年ほど前に肝臓がんの手術を受け、その後、6クールの抗がん剤投与を処方されたが、4クールで病院から脱走し、漢方薬に切り替えて現在に至っているが、極めて健康である。
    一緒に居た数人の病院仲間は抗がん剤を続け、現在、存命の人は居ない。

他の会員からもお話を伺いましたが、皆さん共通して言われたのは、癌友会に参加して毎日の運動や様々な催しで愉快に過ごすこと、食事に気をつける事、薬は漢方薬とすること、などでした。
この大所帯の会は西洋医学に反対する人の集まりなどではなく、現に西洋医術を続けている方も参加しておられます。にも拘わらず、西洋医学の抗がん剤には反対の意見が圧倒的で、漢方薬を勧めておられます。 ちなみに、中国では癌治療として手術、抗がん剤投与を基本とする西洋医学が主流だそうですが、経済的な理由などから漢方薬に頼るしかない人たちが多く、結果的にはその方たちが長生きできているということでした。

こうした結果でしたので、小生としては、抗がん剤投与は取りやめて中医院の処方する漢方薬に切り替えたいと考えております。ただ、現在いただいている血圧降下剤と鎮痛薬及びそれに付随する下剤などは続ける必要があります。

ところで、マグラックス錠500mg は下痢をしない程度に調節したところ、一回当たり1錠と4分の1に落ち着きました。従って、1日当たりは4錠で結構です。 小生からの提案ですが、抗がん剤を漢方薬に切り替えた上、貴院で2週間に一度の血液検査と診察を続けてはいかがでしょうか?経過次第では抗がん剤投与に戻ることも考えられます。また、どちらにしてもあまり延命が期待できなくなった場合に備え、清瀬にある、独立行政法人国立病院機構 東京病院の緩和病棟をこの20日に見学する予定です。
いずれにしても、最後はここのお世話になるだろうと思っています。 勝手なことばかり申し上げましたが、先生のご意見を拝聴させていただきたく、お願い申し上げます。
赤堀篤良
―引用閉じる―

今回も主治医は快く私の考えを受け入れてくださった。
今後は隔週水曜日に採血をし、翌木曜日に診察という日程になった。

10月20日には東京都清瀬市にある独立行政法人国立病院機構「東京病院」の緩和ケア病棟を見学させていただいた。
広大な敷地を擁し、散歩などは病院敷地内で十分にできる。デイルーム(談話室)も広く、設備も良い。ただ、入院希望者は多く、現在、3ヶ月待ちになっているとのこと。申し込んでおいて空室が出たとしても、その時の患者の都合で先延ばしして構わないとのこと。また、入院期間の制限はなく、HIV患者など数年入院を続けている方もおられるとのこと。大変柔軟な対応であるので、いま少し自分の体調を見、怪しくなってきたら入院申し込みをすることにした。

10月30日に温熱療法も始めた。
友人の父が20年以上前に膵臓癌を告知され、余命6ヶ月と言われたのだが、その頃丁度開発された電磁波による温熱療法を受け、2年間生き延びることが出来たという。電子レンジを大きくしたようなもので、体の内部から熱を発生させ、がん細胞を破壊し、同時に体の免疫力も高めるという療法である。幸い、自転車で1時間の西武新宿線花小金井にこの機械を備えたクリニックがあるので、早速、週1回の治療を受けることとした。

10月29日の主治医診断では、前日の血液検査の結果に少々問題ありとのことであった。
黄疸を示すTotal Bilirubin の値が同病院での血液検査の結果では1.6から1.9、2.2と増大しており、白目にも黄疸が認められるという。
膵臓癌が大きくなり、胆管を圧迫して胆汁の流れが悪くなり、血液に逆流している可能性がある。ステントを胆管に挿入して広げる内視鏡手術が必要になるかも知れない、とのご判断で、念のためCTスキャンを撮ることになり、即、手配された。

4.2009年11月 11月12日 (主治医診断では)

前日の血液検査の結果、Total Bilirubin の値は1.9に戻っている。また、10月29日に撮影されたCTスキャンの画像を見ても、膵臓癌の大きさは8月3日に5.5cmであったものが、5cm程度であり、縮小しているとも言い難いが、増大していることはない。
また、唯一腫瘍マーカーとして有用なDupan-2も8月3日の15,900から9月18日の6,500、10月28日の3,700と減少している。

結論として、ステント挿入は今の所必要ない、ということであった。
ちなみに、Span−1は8月3日の41から9月18日には26に減少している(基準値:30)。 こうしたことで、膵臓癌が悪化している兆候は、血液検査やCTスキャンで見る限りないようである。ただ、こうした一時的回復は抗がん剤投与の3ヵ月後にはよく見られるということであるし、朝6時前に起床した時は鎮痛剤の効果が切れているせいか、腹部全体に相当な不快感があること、更に、この4週間程、体重が減少し続けているを考えると、病状は回復に向かっているとは到底言えないと自己診断を下した。
ともあれ、苦しい思いをしながら化学薬品の抗がん剤投与を続けるよりも、副作用のずっと少ない漢方薬で同程度の延命が出来るのであれば、それだけで十分満足である。 最近の体調は起床時を除いて悪くなく、天気の良い日は自転車で2時間ほど走り回っている。入院中はそこまでの元気は無かったが、それは抗がん剤のせいであったと思っている。

食事については南京での皆様のご意見を取り入れ、菜食を基本としている。朝食は玄米の雑炊、昼・夕食は胚芽米のご飯を主体としている。
ただ、料理の味付け程度にはソーセージなども使うし、少量の魚や鶏肉は毎日食している。食事については南京の方々のお話は良く理解できる。日本人も昔からそうした食生活を守っていたではないか。豚は食べなかったにしても、代わりに海岸で拾った貝類は相当食べていたようである。

50年くらい前から食生活がアメリカ式に変わっていき、乳製品、パン、肉類などが栄養食品として推薦された。日本人の癌罹病者が増加していったのもこの頃ではないのだろうか。

南京の中医院では癌患者に勧める食材を常時掲示している。
一方、日本では食事には脂っこいものを避ける程度の指示はあるが、癌に限った食材などは限定していない。
こんなことで良いのだろうか。
アメリカ・ヨーロッパでは日本食が健康食として大いに評価されているのに、日本の若者はハンバーガー文化に浸っている。

おかしな国、日本。

主治医の処方される薬についても、10月20日からオキシコンチンは5mg錠剤を朝夕9時に1錠ずつと減じていただいた。
これに従って下剤も減らしている。

体重については、今回の症状が出る前は67から68kgあったが、2009年7月中に食欲がなくなり、8月に帰国した時は58kgに減っていた。その後あまり変化はなく、9月19日に西埼玉中央病院から退院した時は57kg前後であった。
その後10月中旬まで変化は無かった。ところが10月後半から減少し始め、11月15日は55kgとなった。原因は不明である。

11月中頃になって起床時の腹部不快感が減少してきたので、11月21日からはモルヒネ系鎮痛剤オキシコンチンの服用を完全に止めてみた。
それまでは5mg錠剤を朝夕9時に1錠ずつ服用していた。オキシコンチンは腸の活動を抑える作用が強く、下痢止めとして使われるくらいなのでその反対の作用をする下剤を服用していた。オキシコンチンの服用停止と共にこれら下剤;マグラックス錠、プルゼニド錠、ラキソベロン液の服用も停止した。

その結果として腹部の痛みやむかむか感は感じなかったが、3日程は気力が衰えた感じを受けた。この感じは1ヶ月前にオキシコンチンを毎回2錠から1錠に減じた時にも受けた。思うに、モルヒネには気分を高揚させる作用があるのだろう。
人の体内でもそうした物質は作られ、人の気分を高揚させているのであろうが、オキシコンチンでそれが補給されると、人の体内での生産は抑えられているのであろう。オキシコンチンの服用を減じたり止めたりすると、体内の生産をもとのレベルに戻す為には数日の調整期間を要するのであろう、・・・とこれは医療門外漢である私の推測である。

また、腸の働きが全体としておかしく、痛かったり、違和感があったり、膨満感があったりする。この3ヶ月以上、腸の働きを抑える薬や、その反対の下剤など数種類を服用し、腸をコントロールする自律神経が乱されているのだろう。食前に養命酒を飲んだり、食後すぐにビオフェルミンを飲んだりして様子を見る。
11月後半になって手指の先端の皮膚が乾燥してきた。小さなあかぎれも出来てきた。同じ食事を摂っている家内も同様なので、食事が野菜に偏りすぎ、脂質が不足していると判断し、もつ煮込みなどを多少は食することとする。

11月26日の隔週診察では、11月11日及び前日11月25日の血液検査の結果がほぼ小康状態だという。
Dupan-2 は10月28日の2,700から11月11日の2,600で変わらず、Total Bilirubin は11月25日には1.6に下がっているという。主治医と相談の上、朝夕食後服用していたガスターD錠は取りやめ、毎食後服用していたロキソプロフェンとムコスタは朝夕食後だけとした。
薬が少なくなることは大歓迎。

この時点での化学医薬品は:
朝食後・・・オルメテック錠20mg1錠(血圧降下剤)、ロルフェナミン錠60mg1錠、ムコスタ錠100mg1錠
昼食後・・・なし
夕食後・・・ロルフェナミン錠60mg1錠、ムコスタ錠100mg1錠
となった。
腸の調子が悪いので、この他に養命酒20mlを毎食前、ビオフェルミン3錠を毎食後服用している。

中国医薬の漢方薬は24種類の顆粒をお湯に溶かして午前と午後の2回服用している。
更に、霊芝のカプセルを2錠ずつ朝夕服用している。

10月30日に始めたサーモトロンによる温熱療法も毎週金曜日に継続している。
いろいろ調節した結果、最大出力の1500Wで40分間、残り10分間は出力1200Wに落ち着いた。

西埼玉中央病院では、次回の診察は3週間後の12月17日となった。
11月最終の1週間は腸の調子が悪く、毎食後下腹部が痛み、時々は下痢もあるので11月29日から食事の量を減じて様子を見る。
体重の減少は落ち着き、11月末では54キロから55キロの間にある。

5.2009年12月 12月6日 に (その後の経過)
タンザニアから30年来の友人夫妻がはるばる訪ねてくれた。 イタリー人男性とアメリカ人女性のカップルである。
日本は始めてとのことなので、家内と一緒に京都までご案内した。 帰路、彦根城にも寄った。私も頑張ってJR駅から天守閣まで歩いてみた。

なんとか痛みも感じずに歩けたので3ヶ月前より病状は好転している可能性があると感じられた。

彼らと付き合った2日間、食事はつとめて菜食を選んだものの、量的には普通の食事を摂ることができた。ただ、相変わらず腸の調子は悪い。
何とかこのトラブルを解決しなくては・・・。

12月9日、どうにも腸の調子が悪いので、血圧降下剤以外の全ての化学薬品を止めてみることにした。
朝夕食後のロルフェナミン錠60mg (ロキソプロフェン錠)とムコスタ錠100mg である。
腹部膨満感と時折の下痢はムコスタ錠のせいではないかと疑ったのである。日中、匂いのないガスが四六時中出るのもそのせいかと思った。
現在、左脇腹の上部から背中にかけて軽い痛みを感じる。
癌が近くの神経を刺激しているのだろうが、これは快方に向かうか逆かのバロメーターにうってつけ、と思っている。
腫瘍マーカーより便利ではないか。

十年以上前の話であるが、ロンドンに在住していた日本人女性が肺がんの疑いを持たれ、モルヒネ系の鎮痛剤を処方されたが、その時の医者が痛みを完全に止める服用量は処方しなかったという。我慢できる程度の痛みは残しておかないと、体の信号である痛みをカットオフしてしまうのは危険だとの考えであろう。
正解ではなかろうか。

12月10日からのど風邪と思われる症状が出た。腹痛や下痢が続く。
12月14日には体重が53キロを切ってしまった。

なんとか腸の調子を整えて食事量を増やし、体重を増やしてしっかり癌に立ち向かおうとしている時にとんだ邪魔をされ、出鼻を挫かれた。

 

 

 

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